たるちるの尾巴
奈良に生息するおばちゃんの日記です。
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病院での父
2014-04-08(Tue) 23:18
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机を使用せずベッドで字を書く父

私が見舞いに行くと決まって父は「車で来てくれた?」と聞きます。
「電車」、と答えるとこれも決まって不機嫌になり「どうやって帰るんや!」と絶望的な言い方に。
私も意地悪で「電車のほうが早いし今ガソリン高いねんで」と。

すると自分のノートを取りだし路線図を書きはじめます。
電車に乗って帰る計画を立てるわけですが、行き先が毎度違う(汗
今はもうない岡山の生家だったり兄弟のいる兵庫だったり、退職した職場だったり、
肝心な自分の家じゃないという(汗汗

父が使っているノートってのが、まあ読むと頭の中の混乱ぶりがよくわかる。
日記らしき文章も同じことを何度も書いていたり話があちこち脱線したり…。
よくものを忘れるという自覚はあるらしくよく同じようなことを書き留めていました。

少しでも何もすることがない時間ができると「コーヒー買いにいくわ」とかテキトウなことを言って
フラフラ病棟を出て行こうとします。

母が毎日のように通っていても何とも思っていません。
そばにいるのが当たり前、いちばん母に当り散らしていたし。

このときの父は

くも膜下出血で倒れてからの記憶がないので自分が病気だとは思っていません。
話して聞かせても理解はできないようです。

集中力がない。
テレビも続けてみることが出来ません。
心理テストのようなものもまともに受けることができません。
新聞や雑誌も捲るだけ。

怒りやすく暴言の数々。元気な頃からは考えられないです。

現実の出来事と想像したことをごちゃまぜで話す。


まさに高次脳機能障害の症状そのものです。
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いっぱいいっぱい
2014-04-08(Tue) 21:30
母の中で頑張っていた糸がプツンと切れてしまった。
間の悪いことに翌日は母の誕生日。母には不幸のどん底に思えた日だと思う。

仕事が終わってから実家へ。
電話してきてから数時間経っていたので少し落ち着いていました。

後から聞くと母は気が動転していてすぐ病院から出て行ってほしいと先生が言ったと勘違いしていたこと、
高次脳機能障害は治らない病気で、しかも父の性格が変わってしまい看ていく自信がまるでないこと、
病院に見放されたらこれからどうなってしまうのかという不安でどうにかなりそうだったようです。

もし退院となるとケアマネージャーさんを探さねば。
まだこの時点で介護認定は出ていなかったのですが、知り合いの民生委員さんに相談して
ケアマネさんを紹介してもらうことにしました。

病院にはケースワーカーさんもいるしなんとかなるよ、とだけ言い実家を後にしました。
私もあのときは動揺したなぁ。
ショックな勧告
2014-04-08(Tue) 21:16
どれだけ通院で疲れようと夜には家に帰って眠ることができる。
ぐっすりとはいかなくても少しは休まっていたと思う。
母もギリギリでがんばり続けていた。
この頃父のひどいありさまで病院を追い出されたらどうしようという恐怖もあった。

そして16日はリハビリの先生との面談の日。
これははじめから決められていた日程でリハビリの進捗状況など直接家族と話すことになっていた。

母の嫌な予感は的中で、、
父のために扉を閉め他の人たちに迷惑がかかっていること、
リハビリをロクにうけないこと、
あらゆる知恵を使い病院を抜け出すのは時間の問題、
そうなると病院側から出ていってください、と言えること。

リハビリが目的なのに、それができないとなると、ここにいる意味がない。
自宅に帰るか施設(老健)に移ることを考えてはどうかと言われました。
でも施設に移ろうが脱出しようとするのは変わらない、とも。

これを聞いて母は父の顔を見ることもなく自宅に帰り泣いて私に電話してきました。
病院を出て行くことに執着
2014-04-08(Tue) 21:01
隙を見ては出ていこうと歩きだし危ないので母が朝から呼び出される。
転院してからわずか3日目のこと。

センサーも足元だけだったのがベッドの手すり、食事室の椅子と増やされる。
病棟の入り口も夜は施錠して出られないように。

安全対策なのだけど父1人のために恐縮。

母や私がいるときには付き添って10階にある病棟から5階にある庭園に散歩に連れ出したり
1階の売店で買い物したりと気を紛らわせようとするが根本は出ていきたいので
一息ついたらまた出ていこうと試みる。

幸か不幸かエレベーターは2台あり、どちらが上がってくるか判断できないうえにまだ足が弱く
エレベーター前にあるソファに座って待つので扉が開いてから動き出しても間に合わないことが多い。
まあどんな舌打ちすることか(苦笑

守衛さんにもすっかり顔を覚えられ、通過しようとすると止めてくれる。
母や私が止めるともちろん怒りだす。
看護師さんに対してもだんだん攻撃的に。
攻撃的といっても手がでるわけでなく暴言の数々。
出て行くのを止める人はみんな敵だとでも思っているようで目つきも怖い。

じきに軽い精神安定剤が処方され副作用でよだれが止まらなくなり、
いつも首にタオルを巻いて目つきの怖い怪しいじいさん状態。

そのうち私や母がいない時間帯は病棟の扉も常時施錠されるようになり他の患者さんや
見舞客は職員出入り口から出入りしてもらうような状態。

肩身が狭く、なるべく病院に母が付き添うように。母も目に見えて疲れていくのがわかる。
病院から出ることに意識が集中しすぎてリハビリもぜんぜんはかどっていない。

この時期は私や母は、父もはやく脱走を諦めてくれないかなぁ、いつになったら落ち着くのだろう、
ぐらいにしか思っていなかった。

私も仕事が休みの土、日、火曜日は病院へ。
だんだん行くのが憂鬱に感じはじめていた16日…。
ナースステーションの真正面
2014-04-08(Tue) 20:31
個室内を動けるといっても1人ではまだ危ないのでナースコールするようお願いするが
できないのかしないのか、とにかく勝手に動き出す。

いくら動きがゆっくりとはいえ看護師さんが間に合わないので早々にナースステーションの真ん前の個室に移動。
ベッドの足元にもセンサーがつけられる。
そしてこの部屋(どこもかな?)にはモニターがついている。
要注意人物認定だ。

自力でなんとか動けるようになると自分でトイレに行くようになった。
さっそくリハパンから普通のパンツに。

しかし夜中に起きだすだめ睡眠導入剤が処方された。
寝不足だとリハビリもはかどらないのでしかたない。
でもその影響で失禁するように。リハパンに逆戻り。

相変わらず前の病院と同じでリハビリをバカにしてやろうとしない。
歩きたいので歩行訓練だけはまじめにやっている。

足が少し達者になってくると病棟から出て行こうとするようになった。
回復期リハビリテーション病棟へ
2014-04-08(Tue) 20:13
1月6日
回復期リハビリテーション病棟のある病院で面談。
紹介状持参で母と2人で行く。
受け入れてもらえるか心配していたけれど、紹介された時点で受け入れは決まっていたようだ。
早速8日に転院ということに。

リハビリ担当の先生から父の症状だとリハビリは順調にいって春、ゴールデンウイークには退院できるかな、と。
ただし、たまにリハビリを拒否する、先生のいう事を聞かないなど退院をお願いするケースもある、と。
まさか父がその対象になるとは(汗 このときはまだ想像できなかった。

リハビリは看護師さん、理学療法(PT)・作業療法(OT)・言語聴覚療法(ST)の
担当先生方がチームでスケジュールを組んでくれる。
朝起きて着替えるところからリハビリの一環。なかなかハードな感じ。


1月8日
私は仕事があったため父と母2人で転院。
車いすごと乗れる介護タクシー?で運んでもらう。
父は緊張からか、とてもシャキッとしていたそうで受け答えもバッチリだったそう。
とりあえず個室で、部屋の中は車いすを使用せず手すりなどにつかまり動くことに。
前の病院では車いすに紐で縛り付けられていたのに、いきなりだなぁ、と思ったけれど
大丈夫なようでした。
近況 要介護4
2014-04-08(Tue) 19:30
ずいぶんブログ放置してしまいました。

現在父は落ち着いております。
傍から見るときっと正常そのもの。
少し会話したぐらいでは高次脳機能障害だとわからないと思います。

ここまでくるのに1月2月はほんとうにたいへんでした。
よく母が倒れなかったものだと思います。

父は介護の認定調査を受けたとき(1月)はまだ車いすで、誰かに支えてもらってやっと
立ち上がれるかな、といった程度。
季節を聞いても(倒れる前で記憶が途切れている)雪が降っているのを見ながら
秋だと自信をもって答えました。
ほんの数十分前にやったことも覚えていられない状態。
なので、、要介護4と認定されました。

現在、体力はまだ戻りませんが歩けます。
ふらつきがある、たまに前のめりになり止まれなくなる突進現象が出るため
必ず付き添いが必要ですが。

トイレも自分で行けます。運動不足なのか便秘がちになりましたが。

会話もたまに現実、空想、過去がごちゃまぜになりますがほぼ正常。

大進歩なのです。

今は午前中(4時間ぐらい)デイサービスに週4回、夕方1時間ヘルパーさんに来てもらい
散歩や話し相手に週3回、訪問リハビリを週1回、月1回ショートステイを2泊3日、
を介護保険で利用しています。

振り返っていちばん辛かった1月2月を記録していこうと思います。
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